歩道橋の前に着きました。信号は遠く、深夜だというのに車の通りが激しいので、路上の横断は不可能です。ただ、それでも、歩道橋など渡る人はなく、離れた信号を利用するに決まっています。
 誰れにも出会うはずがない、そう思って私は服を着たままで、歩道橋の上まで行きました。歩道橋の上から路上を見ると、遮るものはほとんどありませんから、下の車がよく見えます。
 もし、注意深く見れば、そこに全裸の女がいることは、下からだって分かるはずです。ただ、私も車を運転するから分かるのですが、歩道橋の上にまで注意を払って運転している人はいないはずです。助手席の人には見られるかもしれません。でも、発見しても、それが全裸の女だと分かるには時間がかかるはずです。たぶん、誰れにも気づかれることなく向こう側に渡れるはずです。
 反対の階段をおりると、そこには公園があります。トイレとベンチだけの小さな公園です。ただ、その公園は汚いし臭いので、そこに服を隠しておく気分にはなれませんでした。
 身を隠すところもありません。
 私はもとの側にもどり、しばらく車道を眺めていました。フロントホックのワンピースだけで、中は全裸です。ボタンもたった三つだけです。それが最低のボタンで、あとははずしてあります。
 この三つをはずして、紙袋に入れ、植え込みそれを置くだけです。通りを行く人はありますが、歩道橋の上にいれば、遠くの人まで見えます。人がいないのを確認した上で、安全に降りて来ることはできるはずです。
 左右を見て、誰れもいないのを確かめて私は全裸になりました。服を無造作に紙袋に入れると、あわてて歩道橋にもどりました。見られていません。歩道橋の階段のところでは、まだ、安心できません。そこでは歩道からまる見えだからです。階段をのぼらなければなりません。
 上に誰れかいるかもしれない、そんな気配がする、そう感じました。それでも、私は歩道橋の上に行かなければなりませんでした。歩道に人が見えたからです。
 身体を小さくたたんで、階段をのぼりました。そんなことしても、全裸なのは分かってしまいます。それでも、そうせずにはいられなかったのです。
 腰を引きながら歩道橋の上を覗きました。それも、そんなことしたところで、そこに誰れかいれば遅いのです。何もかも見られてしまうのです。隠しようなんかありません。
 見せたくてしているのではないの、無理にさせられてるの、そんなことを主張したかったのかもしれません。幸い、上には誰もいませんでした。足の間をすり抜ける風が心地良く、私は、歩道橋の上では大胆に前を広げて歩きました。服を着ていても下品な歩き方です。でも、平気でした。
 反対の階段をおりて、歩道を見つめました。サラリーマン風の男性でした。酔っている様子はなく急ぐように早足で歩いて歩道橋に近づいてきます。急いでいれば歩道橋を使うかもしれない、そう思い、私は公園に避難するかどうか迷いました。
 迷っているのに、私は階段をのぼっていました。それも、まるで服を着ているように、ためらいもなく、スタスタと歩いています。自分でも意外でした。何がしたかったのか分かりません。
 その人が歩道橋を渡ったらどうするつもりだったのでしょう。分かりません。
 反対側におりるまで、私には恐怖もためらいもありませんでした。平然と歩道に出て、その人の後ろ姿を見ながら、平然と服を着ました。感じていました。その人の後ろ姿に「ここに全裸の女がいるよ、何もかも見えるよ」と、そんな言葉をなげかけていたように思います。しびれるような興奮が全身に走りました。
 服を着て、遠くに停めてあった自分の車にもどるまで、興奮は続きました。車にもどり、そのドアを閉めた瞬間、全身から汗が吹き出るのを感じました。怖さで震えました。
 こうして思い出しても、少し怖いです。でも、興奮したのも事実なのです。